水は買うの?水道水?
紅茶に使用する水についての記事は,サイト開設時から書こうと思いつつ先延ばしにしていた内容のひとつです.重い腰を上げたきっかけはTEAM CAFE TOKYOさんのこの記事.
水と道具に関して触れていますが,このページで着目したい水の部分では要約すると
●紅茶は軟水で淹れると美味しい
●沸騰したお湯で淹れると美味しい
と述べています.硬水・軟水の数値を書いたりしていますが参照元のリンクなどはなく,その割に茶道具のAmazonへのリンクはちゃっかり貼っているあたりは見なかったことにしておきましょう.
さて,肝心なのはTEAM CAFE TOKYOさんの主張(?)が“美味しい紅茶を淹れる”ものとして正しいのか否か,です.
結論から申し上げますと,この主張は非常に限定的な状況下でのみ成り立つものであり,その前提が不足している現状では偏向報道と同レベルの悪質な記事であると言わざるをえません.TEAM CAFE TOKYOさんの主張を観ながら“正しい”水の選び方を再考してみましょう.
1.紅茶⇒軟水は本当?
“紅茶には軟水を使用する(硬水を使用してはいけない)”…巷のハウツー本やWeb記事でよく見る記述です.硬水・軟水はカルシウム,マグネシウム等の含有量の高低によって区別されます.
確かに,水質によって紅茶の抽出結果に影響は出ます.では,硬水で淹れた紅茶は誰も飲まないのでしょうか?暗めの抽出色で,それだけではなにか物足りない・渋すぎる紅茶の飲み方….
勘のいい方は気づかれたかもしれませんね.実は硬水で淹れた紅茶はミルクティーに向いている(というか,そうして飲むもの)とされています.その理由は,紅茶文化の本家イギリスの水質にあります.
日本は温泉等の一部の地域だけが硬水を示しているのに対し,イギリス・ロンドンは220[mg/L]もの値を示しています[1].このように紅茶の本場では硬水で淹れた紅茶(ミルクティー)が今も飲み続けられているのです.
つまり,適切な茶葉・適切な飲み方を用いれば,硬水の紅茶も美味しくなるのです.…適切な茶葉,とは?
ここは消費者(我々)の問題であり,生産者の問題でもあります.蛇口をひねれば水が出てくるのに,お茶を作るときにミネラルウォーターを買おうと考える人はなかなかいません.そんな状況でロンドンで売れている茶葉を“そのまま”輸入したらどうなるでしょうか?硬水を使ってミルクティーにすることで一番美味しく飲める茶葉も,軟水を使ってストレートで飲んでしまっては台無しですし,“美味しくない”と売れません.こういった事情から,メーカーは物流の段階から軟水向きの茶葉を選んで仕入れているので,軟水で淹れると美味しくなるのは水質が軟水の国特有の事情というわけです.TEAM TOKYO CAFEさんの主張はこの部分が欠落しており,あたかも“この世のすべての紅茶は軟水で淹れなければならない”といった印象を与える文面になっているので,紹介記事として大問題です.
もし“硬水で美味しい紅茶を淹れたい!”という奇特な(?)方がいらっしゃれば,
1.水質が硬水の地域(欧州等)に行き,市販されている紅茶を買う
2.欧州で売られている紅茶を自力で輸入し,ミネラルウォーターで淹れる
の2通りがあるのでお試しください.
2.紅茶⇒沸騰した湯は本当?
“紅茶を淹れるときは沸騰したお湯を使用すべきである”とも述べています.TEAM CAFE TOKYOさんによれば,この状態が一番うまみが引き出されるのだそうです.かといって,100[℃]のお湯は使用しては“ジャンピングが起こりにくい”からいけないのだとか.
私がジャンピング否定派であること・その理由についてはknowledgeの記事を読んでいただければと思います.もちろんジャンピングを支持することは否定しません.ですが,ガーバス・ハックスレーさんやTEAS Liyn-anさんの実験結果を見るとジャンピングを重視した紅茶の淹れ方は必ずしも美味しさにつながるものではない,と分かっていただけるかと思います.近年は水出し紅茶も盛んに流通するようになってきていることから,上項と同様に適切な茶葉を選べば温度が異なっても美味しい紅茶ができる,という結論になります.
[1] 水質マップを見るとエディンバラやスコットランドといったイギリス北部は軟水であり,“イギリスの水は硬水である”という説はイギリス南部の印象が広まったものであることが分かります.